パリ滞在記(2-1)

前回まで、初めてのパリ滞在について書きましたが、日本に戻って私は再びコマーシャルスタジオに職を得て、写真技術を学びました。しかし、それも半年内と、自分の中に期限を作っていました。私はもう一度、パリに行くつもりでいたのです。前回の滞在で実現できなかった写真の完成を、言葉で作ろうという試みがありました。

事実、コマーシャルスタジオは半年で辞めてしまいました。そして有り金を持ってパリへ渡りました。今回は、報道用に学生の頃から使っていたニコンF4sという35mmカメラにマニュアルのズームレンズ一本のみ、そして原稿用紙とペンという軽装で向かいました。前回の滞在で「このシリーズは写真では完成できない」と分かった私は、文章表現での完成を試したかったのです。そのとき私が書いた文章は、ジャンルで言えば散文詩となるでしょうか。小説でもなく、現代詩でもない。私が当時もっとも影響を受けたサミュエル・ベケットの散文を倣って、私なりの文章を構築しました。これも、初めての試みです。

結果だけを先に言えば、私は2度目の滞在でも上手くいったと感じることができずに終わりました。執筆は順調でした。目に見えるものを写真に撮る代わりに文章にする、という作業は私に合っていました。風景からその背景と発展を想像し、朝から晩までひたすら文章に書きました。街を歩きながらスナップ写真を撮り、カフェに座って執筆をする。日が暮れればホテルに戻って執筆を続ける。私は手が動くままに、心が感じるままに書き続けました。しかし、書き続けるうちに、何かが変わっていきました。詩を書く、というのは写真を撮るのと対極的に内向性の強い作業です。それに没頭し過ぎた私は、徐々に現実と詩の境目が薄くなっていくのを感じました。何を見ても、何をしていても、詩のことしか考えなくなり、その内的世界から抜け出せなくなってきたのです。

その変化によって、私はだんだんと外的世界が見えなくなり、それでも迫ってくる外の情報を処理しきれなくなってきました。朝の陽射しも、夜の帳も、私には重すぎる現実となってきたのです。私は恐怖を覚えました。このまま書き続けたらどこへ行くのだろう、どうなってしまうのだろう。それを受け入れることは私にはできませんでした。そして滞在2週間が終わる頃、遂に私はペンを置きました。パリの観光局が発刊している情報誌を手に入れ、タダで聴ける音楽コンサートを探し、日本への帰国までの1週間、夜になるとコンサートを聴きに歩き回りました。昼間はできるだけ詩のことを考えずに済むようにカメラを持ってぶらぶらし、夜は音楽を聴きにまわる、という生活に切り替えて、帰国までの時間を潰していました。写真はフィルムで100本くらいは撮ったでしょうか。しかし、それを現像すらしませんでした。撮る行為だけが私には必要だったのです。そして音楽。フリーのコンサートだけに、質は酷いものもありました。それでも公会堂や小さな教会で開かれるチャリティーコンサートを巡って歩きました。詩から逃げることで精一杯だったのです。

この詩がどうなったかについては、次回お話ししましょう。

だんだんと春らしい陽気にも恵まれて参りました。皆さん良き日をお過ごしください。

不一
成瀬拝