本当の社会復帰とは

今日は診察。連休を挟んだので、久しぶりの通院になりました。診察後、入院中に病棟を抜け出してタバコを吸っていた場所に行ってみると、夏の花が咲いていました。これはカラー写真の方が花の黄色が美しかったかもしれませんが、敢えてモノクロにこだわってみました。撮ったままのJPG画像で失礼いたします。思えば、入院中もこのカメラ(リコーGR Digital IV)で病棟から見える明け方の東京タワーや、バスや足で回れる範囲の中でいろんな風景を撮りました。懐かしい思い出になりつつあります。あれからまだ2ヶ月と経っていないのですが。

退院して以来、朝起きることが非常に苦手になっていたので、今朝は午前の診察のために起きられるかどうか昨晩から心配していました。その緊張もあってか、朝は6時に目が覚め、気持ちのよい一日のスタートとなりました。早起きのご褒美は朝マック。ソーセージエッグマフィンは米国にいた頃、早朝ゴルフの前に好んでよく食べました。ゴルフなどと言うとさぞ優雅な学生生活だったように聞こえますが、18ホール回っても20ドル弱でしたから、学生でも週に一度通うくらいのことはできました。当時お付き合いいただいていた社会人の先輩方と一緒に、朝マックをコーヒーで食べてからのんびりと午前中いっぱいコースを回るのが楽しみでもありました。スコアは惨たるものでしたが…。

米国でいまの病気が発症してからは、ゴルフの習慣もなくなり、私は写真に没頭するようになりました。朝から晩まで写真のことばかり考えていました。同時に学内新聞の写真編集者のバイトもしていたので、夜遅くまで暗室に籠って現像・プリント作業に追われていました。芸術学部での創作と、新聞写真の制作、そして専攻にしていた文学部のための論文制作など、卒業前の二年間は遊ぶ暇もなく忙殺されていました。病気が発症し、専攻・副専攻を変えるまではしょっちゅう友人を集めてはバーやクラブで遊んでいましたから、当時の友人は私の変わりようにクスリ(医薬用ではなく)が絡んでいるのではないかと疑ったほどです。笑

帰国してからは仕事に追われるようになり、いつの間にかIT業界に身を置くようになってその激務ぶりには拍車がかかりました。そして30代は創作に集中できないストレスを抱えながら仕事に追われ、病気は次第に悪化していきました。いつしか、朝起きることが非常に難しい日ができるようになり、その頻度は徐々に増えていきました。職場でも仕事に集中できず、漫然と時間が経つのを待っていたように思います。病気のために、いろんな人に迷惑をかけてしまいました。そして遂に入院。想定以上に入院期間は長くなり、入院中に40を迎えて半年後に退院。そしていま、リハビリを続けながら社会復帰の準備をしています。

入院を経て、生活リズムは改善されたはずでした。が、退院してしばらくと経たないうちに朝起きられなくなったり、やたらと早くに目が覚めたりと、リズムは再び崩れてしまいました。このまま社会復帰できるのか、そもそも企業に勤めるという形での社会復帰が私にとって適した復帰の形なのか、分からなくなっています。健康だった頃はまだ学生だったので、当時に戻ることもできません。40になってリセットされたような人生は、まだ形もなく暗中模索です。これからのことを考えるためにも、これまでの多くのことを振り返り考察する必要を感じます。親しい友人は、43にして起業して奮闘しています。まだまだ私にもチャンスは残っているはず。30代の二の轍を踏まぬように慎重に歩んでいく必要はありますが、夢を諦めない大胆さもまた必要に感じます。たとえ周囲からの理解を得られなくとも、自分らしく生きる道を見つけなければなりません。それが、本当の意味での社会復帰となるでしょう。

今回は春の陽気の下で、頭に浮かぶままに書き連ねました。まとまりのないブログとなってしまい申し訳ありません。お読みくださったことに感謝いたします。

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