キリスト教への道(2)

冬の影
冬の影

皆さんおはようございます。成瀬です。

「キリスト教への道」などと銘打つのは、とかく宗教勧誘的な匂いを敬遠しがちな日本においては懸命な題名ではないかもしれませんね。最初に断っておきますと、私はキリスト教の家庭に生まれ育ったわけでもなく、前回のブログでも触れたように、高校時代の孤独の中で、ふと目にした教会の佇まいに惹かれるままに通い始めた、という曖昧な動機でした。これが導き、と言われればそうかもしれませんし、そう信じてもいますが、信仰の形が人それぞれであることは受け入れておりますし、仏教にも神道にもヒンドゥー教にも、それぞれの意味と素晴らしさがあることはよく知っているつもりです。

私がこの場で自分の信仰について書くのは、今の私という人間を語るのに、避けて通れない影響を持っているからです。語り過ぎても重たいでしょうから、簡単に述べさせていただきますね。

私は高校のときに通い始めたカソリック教会で出会ったある人の誘いで、カソリックのミサのあとにプロテスタントの礼拝にも参加するようになりました。カソリックが悪かったわけではありません。当時、もうひとつのプロテスタントの教会の牧師さんがあまりにも大きな影響力を持っており、私はいっぺんに虜になりました。そして、現役の大学受験では、牧師の道を目指したのです。そのため、洗礼はプロテスタントで受けました。

牧師の道は狭く、競争の激しいものでした。というのは、ほとんどの合格者が父親を牧師に持っており、推薦で決まってしまうのです。私のような一般家庭からの受験者においては、もう3席ほどしか席が残っていない、という状態です。受験者そのものも少ないのですが、席数が少ないため、競争が激しくなるのです。私は、合格することができませんでした。

高校を終えて、またもや父親の転勤で、家族は福島に移りました。私は浪人生として、仙台の予備校の寮に入りました。牧師の道を諦めた後、私には受験に対する目標がなくなってしまいました。日本の大学に対する興味もなくなり、そこで私は米国留学を決めたのです。高校から趣味で読んでいた心理学を学ぶためでした。

さて、ここからは何年もキリスト教からも離れた生活をし、米国で私は結局文学と写真を最終的に学ぶことにし、学生生活を謳歌しました。米国の大学で単位を取り続けるのは容易ではなく、何度もくじけそうになりましたが、文学そのものは楽しく、それ以上に私は写真技術の習得に没頭しました。卒業の年には、芸術学部で最優秀賞を受け、バイトの学生新聞写真編集者としてはテキサス州全体のコンクールで2位を受賞しました。卒業前にインターンで通っていた地元の新聞社では2度、一面記事を写真で飾らせていただく栄誉を受け、意気揚々として卒業後帰国したというわけです。

さて、今日はこの辺で、次回からは帰国後の社会生活での葛藤と挫折、そして再び見いだしたキリスト教の道についてお話しさせていただけたらと存じます。

それでは、今週も始まったばかりですが、皆さん寒さに負けぬようご自愛ください。

不一
成瀬拝